電気通信大学 大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻 情報理工学域Ⅲ類 山北研究室

ペニング電子分光によるナノ粒子の表面電子の研究

励起されたヘリウム原子を分子にぶつけると、電子がとび出してきます。電子のスピードから表面電子と分子構造がわかります。アミノ酸や分子集合体はどんな形でしょうか?Wikipedia英語版では、私たちの装置(論文)が世界標準として紹介されています。

分光研究 53, 364 (2004)

 イオン化によって放出される電子の運動エネルギーを測定する電子分光は、原子や分子の電子エネルギー準位に関する情報を与えます。イオン化源のうち連続的なものには、HeIのような原子共鳴線や電子線のほか、高繰り返しのパルスを含めると、超短パルスレーザー、シンクロトロン放射光、パルス電子線があり、さらには希ガスの準安定励起原子線などがあります。
 これらのイオン化源によって放出される電子のエネルギーを分析する際の感度は、電子の捕集効率とエネルギー分析を行う効率に依存しています。私たちは、磁気ボトル効果というものを用いて、連続的に放出される電子の捕集効率を1000倍程度に高め、高感度かつ簡便にエネルギー分析できる装置を開発しました。強磁場と弱磁場を組み合わせた不均一磁場では、磁気ボトル効果が生じ、全立体角方向に放出された電子を捕集することができます。
 これまでに報告されている多くの利用法は、電子の飛行時間測定を組み合わせたもので、連続イオン化源に用いることはできませんでした。私たちの装置は、磁気ボトル効果に阻止電場を組み合わせた分析器で[1]、ファンデルワールスクラスターなどの分子線中の微量化学種の電子分光を行うことに威力を発揮します。これは、1980年にTurnerらがHeI紫外光電子分光で用いた方法と同一の原理に基づいていますが[2]、世界ではじめて交差分子線の条件で磁気ボトル効果を用いて電子分光を行った例であり、今後の広範な利用が期待されます[3]。

謝辞

本研究課題は、文部科学省、日本学術振興会の研究助成を受けました。

文献

[1] P. Kruit and F. H. Read, J. Phys. E 16, 313 (1983).
[2] G. Beamson, H. Q. Porter, and D. W. Turner, J. Phys. E 13, 64 (1980).
[3] Y. Yamakita, H. Tanaka, R. Maruyama, H. Yamakado, F. Misaizu, and K. Ohno, Rev. Sci. Instrum. 71, 3042 (2000).

イオン画像分光によるナノ粒子の光反応の研究

チタンなどの金属に分子を吸着させると、エネルギー吸収効率が上がります。金属分子クラスターを気相で合成します。レーザーの吸収でどんな反応が起こるでしょうか?

分光研究 62, 61 (2017)

 化学反応は衝突を契機とする入口反応としての構造変化・結合生成)から出口反応としての解離反応に至る過程として進みます。当研究室では、特に金属分子クラスターイオンに注目してイオン画像分光と呼ばれる手法で光解離過程を研究しています。金属分子クラスターとは、金属とその他の分子が結合したクラスターであり、金属表面に吸着した分子や金属錯体を擬似的に再現できます。
 イオン画像分光とは、検出器表面でイオンの到達時間と位置を同時に測定することができる実験手法です。これに反射型飛行時間質量分析計を組み合わせ、調べたい分子のみを選別し観測することができます。レーザーなどで光解離させた解離種の並進エネルギーとその方向を知ることができ、励起状態の寿命や分子の配向情報などの反応ダイナミクスを知ることができます。
 この実験は真空中で行われるため、対象分子が外界から遮断された孤立系となるために低温まで冷却され、大気中では観測されない系や分子間の弱い相互作用を扱うことができます。このような環境は宇宙空間と似ていることから、宇宙での化学反応の研究にもつながっています。

文献

[1] H. Hoshino, Y. Yamakita, K. Okutsu, Y. Suzuki, M. Saito, K. Koyasu, K. Ohshimo, and F. Misaizu,Chemical Physics Letters 630, 111-115 (2015).
[2] 山北 佳宏,分光研究 62, 61-74 (2017).

ナノカーボンの電子振動状態の研究

有機エレクトロニクスに関係する炭素ネットワークを中心に、さまざまな物性を予測する高効率プログラムの開発をしています。炭素の世界は魅力がいっぱい!

化学と工業 60, 224 (2007)

 多環芳香族炭化水素(PAH)は、石炭や煤(すす)、化石燃料の燃焼の副生成物として地球上に普(あまね)く存在し、宇宙空間にも中性あるいはイオン性の状態として存在する可能性が指摘されています[1]。PAHは、光化学・分子分光・電子物性・発がん性にかかわる実験的研究や[2]、フロンティア分子軌道論をはじめとする理論的研究において、物理化学の基礎を築くことに大きく寄与してきました。近年でもなお、表面に吸着したPAH(特にペンタセン)や、炭素の同素体であるフラーレン、カーボンナノチューブ(CNT)、グラフェン[3]といった「ナノカーボン」は関心を集めています[4]。PAHとナノカーボンは、表面科学や有機エレクトロニクスの研究に深くかかわり、そこから単一分子の物理化学が生まれようとしています。私たちは、カーボンナノリボンの振動分散関係を世界ではじめて構築することに成功しました[5,6]。

謝辞

本研究課題は、日本学術振興会からの研究助成を受けました。

文献

[1] Polycyclic Aromatic Hydrocarbons and Astrophysics, Wiley-VCH, New York (1987).
[2] Spetral Atlas of Polycylic Aromatic Compounds, Including Data on Occurrence and Biological Activity, edited by W. Karcher, R. J. Fordham, J. J. Dubois, P. G. J. M. Glaude, and J. A. M. Ligthart, Kluwer, Hingham, MA, 1985, Vols. 1 and 2.
[3] K. S. Novoselov, A. K. Geim, S. V. Morozov, D. Jiang, Y. Zhang, S. V. Dubonos, I. V. Grigorieva, and A. A. Firsov, Science, 306, 666 (2004).
[4] ナノカーボンの科学 (ブルーバックス), 篠原 久典, 講談社 (2007).
[5] M. Yamada, Y. Yamakita, and K. Ohno, Phys. Rev. B, 77, 054302 (2008). Selected in Virtual Journal of Nanoscale Science & Technology 17(8) (2008).
[6] 講演会:山北佳宏「多環芳香族炭化水素とナノ炭素構造の電子・振動状態」、早稲田ウィークリー2008年5月8日号.

超低温分子化学の開拓

日本物理学会誌 61, 36 (2006)

1. 超低温状態

 私たちの目指している研究は、気相の原子・分子の並進速度を冷却し空間に捕捉することです。中性分子の超低温状態を気相中で実現することは、超低温衝突や超低温化学の分野において興味深い研究課題です。特に、並進速度が1 mK以下の集団を超低温状態と呼びます。原子については、最近の20年間で、レーザー冷却、磁気光学トラップ(MOT)、蒸発冷却などのさまざまな手法が開発され、ボース-アインシュタイン凝縮(BEC)に代表される革新的な研究成果が報告されました[1]。レーザー冷却した超低温原子を用いた研究は、さらに量子制御、原子レーザーやナノ微細加工と言った興味深い研究分野へ発展していっています。このような成功を超低温の分子で実現させようとするのは自然な流れです[2]。現在、欧米や日本でしのぎを削った競争が展開されています。分子の場合レーザー冷却が直接に適用できないことが問題です。

2. 分子の並進速度を冷却する方法

 Levyらによって開発された超音速断熱膨張により、分子の重心速度・振動、回転の温度を1 K程度にまで冷却するために画期的な手法でした。しか実験室系に対しては静止していないため、いったん生成された低温状態に対して冷却過程を追加することは不可能です。さらに、実験室に静止している表面における低温散乱を研究することができません。内部自由度を冷却する有力な方法に・Aヘリウム液滴を用いる方法があり、並進速度を冷却する方法には次のようなものがあります。
A. バッファーガス
 Heバッファーガスで冷却しMOTに捕捉する方法では、CaH分子を400 mKに冷却することができました[3]。
B. 時間変化する不均一電場
 シュタルク効果を利用した減速器を用いることによって、ND3分子のような極性分子を25 mKまで冷却することができます[4]。シュタルク効果は、電場におけるエネルギー的安定性を意味していますから、不均一電場を印加することによって、分子に力を与えることができます。
C. 光会合
 レーザー冷却でMOTにトラップしたアルカリ原子を光会合によって結合させる方法は20 µK の超冷却状態を達成することができます。この方法で、2003年には6Liの2量体に対して600 nK においてBECがついに実現されました[5]。  私たちは、大きな双極子モーメントを持ちうるリュードベリ状態にBの方法を適用して、リュードベリH2分子の減速に世界ではじめて成功しました[6]。現在は、リュードベリH2分子や3重項の準安定He励起原子をシュタルク減速によって空間に静止させ、分子との低温衝突イオン化反応へ適用する実験を進めています[7,8]。

3.低温分子の魅力

 超低温で起こる興味深い現象には次のようなものがあります。
A. 単一量子状態に規定された分子
 分子を単一の量子状態(Ei, v, R, J, I)に生成することができます。分子が複数の回転準位を占めていると、光励起されたときに異なる始状態を持つ遷移が重なってしまい、とりわけ中程度以上の大きさを持つ分子で高分解能分光を行う妨げになります。
B. 量子効果に支配された散乱
 完全に量子効果で支配された衝突反応を研究することができます。気相中で分子同士が化学反応を起こすには並進と配向が重要な役割をしますが、分子を低温状態にすることで、高い並進エネルギーでは見えなかったような弱い相互作用が衝突現象に関与すると考えられます。遠心力障壁に影響を受ける反応、物質波としての性質も現れてくるはずです。
C. 気相実験の方法論
 また実験室系に対して静止していることは、これまでにない特徴をもっています。まず、気相で低温にトラップされた分子は、ドップラー効果の影響がないため、超高分解能分光を可能にします。超高分解能分光を利用して、電子の双極子モーメントを測定する研究が進められています。並進エネルギーが超低温の化学反応に関してはほとんど全く知られていません。複数の低温分子を気相中で反応させることにより、弱い相互作用で結ばれたクラスターを生成できる可能性があります。さらに、表面への微細構造を生成する際に、初速度を取り除くことはとても有用であると考えられます。

4.リュードベリ分子の量子制御

 リュードベリ状態は1電子が核から遠くに束縛された状態で、極限的には、自由電子と正イオンの対に収束してゆきます。リュードベリ電子の大きな軌道半径は高い電気感受率をもたらし、電場の印加によって起こるシュタルク効果は、非常に大きなものになります。シュタルク効果は電場に対する系のエネルギー的安定性を示していますので、不均一電場を印加し特定のシュタルク状態へ選択励起することにより、分子の並進運動の空間制御を行うことが可能になります[6]。リュードベリ電子は、Born-Oppenheimer近似が成り立たないほどゆっくり運動しますので、ピコ秒の時間領域で電子波束を追跡することができます。そのような電子波束を追跡した量子制御は、並進運動の制御と併用することで、量子コンピュータなどへの特長ある応用を可能にします。詳しくは、最新のリュードベリ状態の研究例をまとめたRydberg Articles Databaseをご覧下さい。

謝辞

本研究課題は、文部科学省、日本学術振興会、助成財団からの研究助成を受けました。

文献

[1] H. J. Metcalf and P. van der Straten, Laser Cooling and Trapping, Springer, New York (1999).
[2] John Weiner, Cold and Ultracold Collisions in Quantum Microscopic and Mesoscopic Systems, Cambridge University Press (2003).
[3] J. D. Weinstein et al., Nature, 395, 148 (1998).
[4] H. L. Bethlem et al., Nature, 406, 491 (2000).
[5] M. W. Zwierlein, C., S. A. Stan, C. H. Schunck, S. M. F. Raupach, S. Gupta, Z. Hadzibabic, and W. Ketterle, Phys. Rev. Lett., 91, 250401 (2003).
[6] Y. Yamakita, S. R. Procter, A. L. Goodgame, T. P. Softley, and F. Merkt, J. Chem. Phys., 121, 1419 (2004).
[7] R. Takahashi, Y. Yamakita, N. Hori, and K. Ohno, submitted for publication.
[8] Y. Yamakita, R. Takahashi, K. Ohno, S. R. Procter, G. Maguire, and T. P. Softley, J. Phys. Conference Series, 80, 012045 (2007).

最近の研究内容

OPAL研究室紹介 研究室立ち上げ当初の説明はここに載っています。
 現在科研費を受けて進めているテーマは、アミノ酸の立体形状と表面の電子分布、ランタノイドを含む触媒反応です。 世界唯一の高感度電子分光装置とわが国の誇る自動構造探索プログラムを使っています。 これらの技術は、放射線を使った新規がん治療薬の開発にも関わっており、他大学と研究協力を進めています。 身のまわりにあるコンピューターや太陽電池の部品は、ナノテクノロジーによって微細化され、 いまや10ナノメートルくらい(1メートルの1千万分の1)の プロセス技術が確立しました。しかし、これより小さくしようとすると困難が生じます。
 原子が数個~数100個の集団(ナノ粒子)の領域では、「分子技術」が必要になるからです。C60などはナノ粒子の代表例で、生物は究極的なナノ機能を持っています。 私たちは、分子技術で原子や分子からナノ構造を組み立てるということに興味をもっています。 光や電子的な性質は「電子」の「動き」で決まりますから、組み立てたナノ粒子について「分子軌道」と「励起状態」の研究を行っています。 1つ1つのナノ粒子を操ることによって、効率的な分子素子がうまれ、 環境・省エネルギー・医療に役立つと考えられます。


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